2025/5 国立国際美術館展示

大阪市中之島の国立国際美術館にて企画展No BoundariesとUndo, Redoを鑑賞する。

・No Boundaries
 現代社会におけるさまざまな「境界」をテーマにした作品群を展示。
 企画展チラシに「国境や土地の境界など物理的なものから、心理的、社会的、文化的なものまで多岐にわたり、」と謳われるように「境界」についての言及がある通り、どんな境界を可視化するかは作品によって本当に様々なのだが、境界の可視化の手法について、着眼点の面白さには本当に感服してしまった。

 例えば私が面白いと思った作品の中に、田中功起の映像作品や、やなぎみわのモデルの書いた老後に関するエッセイを画像化するという作品がある。

 田中の扱う境界は「アート」の生む心理的境界。近所で拾ってきたヤシの葉をフリーマーケットで売ろうとする映像作品なのだが、まぁ売れない。理解を超えた「アート」に人が出会ったときに示す困惑、苦笑、この人は気が触れているのではないかと線を引くような、人々の心理的境界が映像の中にあった。
 やなぎの扱う境界は人生ー成熟段階ーライフステップの区切り。まだ老齢にない被写体のエッセイのちょっと夢のある内容の面白さもさることながら、展示されている画像はエッセイそのままのもので、その表現力に笑ってしまう。

 No Boundariesという展示タイトルの割に「境界」を集めて展示したのは、あえて境界を示し、境界を越えていく動力としての役割をアートに求めたのだろうという主観で締めくくりたい。

・Undo, Redo
 同館所蔵のルイーズ・ブルジョワ、レオノール・アントゥネス、ルース・アサワ、3人の作品を起点にした作品群の展示。
 企画展HPに「既にある素材や構造、歴史をほぐし、それらを再構成していく作家の歴史と作品のあり方に注目します。」とあるように、3人の作家の作品に着想を受け、自身の作品として再構成されたものが並んでいる。

 最初に元となる3作家の展示を見てから再構成された作品の展示に進む構成で、展示を進んでいくとなるほどと思うのだが、再構成の手法が多種多様でとても面白いことに気づく。

 再構成、といっても形式や方法はさまざまで、なるほどと納得してしまうものからそこに集められていなければそれと気づかないような作品まで様々で、その多様さが面白いのだ。

8周年?

Tumblr時代から数えて、ブログが8周年になりました。ブログ自体は高校生の頃から媒体を変えて書いているので、もう20周年くらいになるでしょうか。オンラインにも物理ディスクにもデータが残っているのはここ8年なので8周年でいいと思うのですが。

2016年に演劇を観るようになって、Twitterで自分が観た劇の反応が知りたくてパブリックサーチをするようになり、演劇批評というものを知りました。

自分も演劇批評がやりたい!とTumblrやブログにレビューのような文章を書き始めたのが私のスタートです。

最近SNSが荒んできてブログもいつまで安泰か分かりませんが、また10年20年と続けていけると良いものです。

アイドレス秘宝館サンプル

ツアーズからアイドレスの間の話を。

 イリューシア音楽院での研究者のポストが無事決まり、実家に報告に向かっている。10kgは軽く超えるコントラバスを左に抱え、空いた右手にトランクを持ち雪道を歩く。進めば進むほど詩歌藩国によくみられる針葉樹林が深くなってくる。

 荷物の重みにげんなりし始めているかなでしに対し、娘、実紗期の足取りは軽い。

 実紗期はかなでしが音楽院の学生だったときに課題をこなそうと宇宙旅行に行った際旅先で出会った子で、本人の希望もあってかなでしが育てることになった。ちなみに今回の帰省が実紗期の初めての実家訪問で、おじいちゃんとおばあちゃんに折り紙やお手紙を渡すんだと一週間以上前から色々と準備していたようだ。

 疲れてない?大丈夫?と実紗期に語りかけてみる。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんが話してくれるお家っておうとにあるのにすごく歩いたりきしゃに乗ったりして、ぼうけんしてるみたいだね!」

「実紗期ちゃんは音楽院から離れるの初めてだからね〜、詩歌藩国の領地はとても広大でそれ故必然的に王都も広大なものとなり、王都から出るのもとても大変なのよ〜〜〜。でも、他の国だととっくの昔に都からは出ていて郊外を抜け、過疎地に向かっているくらいの時間が経ってるからね。実紗期ちゃんはえらいね〜〜。」

 急に早口になるかなでし。そんな話をしていると遠くに一軒の家が見えてくる。かなでしの実家である。何を隠そう、ド田舎だ。

池本茂貴ラージアンサンブル@COTTON CLUB

2023/7/3(Mon) 池本茂樹ラージアンサンブル@COTTONCLUB
2nd stage:20:30~21:40

トロンボーン2名、トランペット2名、サックスがなんと4名という金管・木管で8人体制の迫力でとても華のあるアンサンブル。サックスも曲によってフルートやクラリネットへところころと楽器が入れ替わりとても面白い。
競い合うように限界まで精神を削るドラムとパーカッションがとても心に響いたし、コード進行にとどまらないピアノやギターの使い方も上手いと思う。

個人的にはひだまりのテナーサックスソロはこの穏やかで暖かいメロディはtsじゃないと!と感じ、楽器の使い方も適正だと思ったし、良かったのはCDアルバムの表題曲にもなっているost。
極小音量のドラムにさらさら―という鳴り物系の音が入ってきて池本さんのtbが壮大なメロディを奏で、他の楽器がそれを支える。これだけの人数の編成でないと、この壮大さは出せなかっただろう。

最後に本当に本当に個人的なこと。スマート系イケメンお兄さんにtbはずるい

新田佑梨×関田育子「波旬」

急な坂ショーケースVol.3

新田佑梨×関田育子「波旬」@急な坂スタジオ

水難事故で家族を失った少女が、親戚か何かのおばさんの家にいて自分の部屋に引き籠っている。少女の癒えない心の傷からくる葛藤や記憶を演劇として見せられる作品で、少女自身も溺れる様子、目の前で家族を失っていく様子の再現による悲壮感の演出にいち観客としても呼吸ができないくらい苦しくなってしまう。

演技自体はいつもの関田育子の「ふりをする」演技で表情ひとつ変えずに手を目元に持っていくだけの振りで泣いたり、独特のリズムを刻むようなステップでクロールのふり、平泳ぎのふりをして移動して回り海を表現するなど妙に現実感がないのに演技として成り立ってしまういつもの関田育子の手口だと感じた。

それでも感情が刺さった原因、(いい意味で)悪いなぁと思ったのは発表場所(舞台)の選択である。今回のショーケースでは各劇団が急な坂スタジオ内でいいと思った場所を選んで別々の場所を使っているのだが、クリエイションメンバーが選んだのは本人に「あの部屋は何だか嫌な感じがする、気持ち悪いと思っていた」と言わしめるほどの圧迫感のある狭い部屋で、演出される感情がズブズブと至近距離で突き刺さってくる。なんとなくで最前列での観劇を選んだがもうちょっと長い作品だったら感情の重さに耐えられなくて倒れていたかもしれない。役者はいつもの通り悲しいふり、苦しいふりをしているだけなのに、だ。

 最後に書いておかなければならないと思うのが関田育子の標榜する「広角レンズの演劇」としての本作品の評価である。広角レンズの演劇とは観客の目線を役者に集中させず、舞台装置と役者が等価に見えるくらいまで広げるというものだが、今回は音や光が本作品を広角レンズの演劇たらしめていると感じた。ドアを叩いているだけなのに音が気になってそちらに目が行ってしまって俳優から目が逸れてしまう、スタンドライトがあることで視野が広がる、そして観客に「暗闇を見せる」ことで視野のすべてを鑑賞の対象としてしまう技術。この暗闇を見せるというのは広角レンズの演劇の一つの極まりだと感じた。

虎柄の毛布

 1DK一人暮らしの我が家に30年オーバーモノの骨董品のような毛布があり、ガサガサとした触感が夏に丁度良く夏用の掛け布団として使っている。「一休さん」のような虎がどーんとプリントされた毛布で、父方祖母の遺品である。幼少期の兄の入院で私は主に父方祖母に育てられたので私の寝かしつけに使われていた毛布でもある。いつ頃から実家にあったのかは知らないが、実家で祖母が使っていたのを2016年の葬儀のときにこれは捨てられてしまうだろうな、と思いこっそりと当時住んでいたさいたまのアパートまで持ち出してきた。以降毛布は私のものだ。

 飼っているハムスターの散歩時に端っこをかじられたりなど、遺品としての大切な扱いはしていないが6年かけて段々なくてはならない存在になってきた。

 実用品を見ていちいち祖母のことを思い出したりはしないのだが、これが時々安心毛布になったりする。本当に気分が落ちているとき、過去だれかが自分をこの毛布でくるんで大事にしてくれた過去があったからこそ今自分がここに立っていられるくらいには思うのだ。劣化していくものを安全地帯にするのはどうかとも思うのだが、今はこの毛布が私のメンタルを保っている。

菊池成孔さんの話

 こんな生き方ができたら楽しいだろうな、とか最高にかっこいいななんて思う人を見つけてしまった。
サキソフォニスト兼文筆家兼作曲家兼etcetc…の菊池成孔さんという方だ。

 最近仲良くさせていただいている方のお師匠様で、ジャズマンなのだが活動範囲が広すぎて主に何をやっている方なのだということをうまく説明できないのが悔しい。
 著書(エッセイ)の『スペインの宇宙食』を勧められて読んだら、止まらなくて続編の『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』まで読破してしまった。本業の音楽の方も『New York Sonic Ballet』や『戦前と戦後』、『機動戦士ガンダムサンダーボルト オリジナルサウンドトラック』などをかっこいいかっこいいなんて言いながらどんどん聴いていっている。嵌り始めている。

 主にチャーリー・パーカーを使ってサックスの演奏や楽理を教えられている方で、私に菊池さんの著書を紹介した知人もチャーリー・パーカーのカバーのようなスタンダードなジャズの動画を公開したりしているので、菊池さんもてっきりそういう系統の音楽をやられる方だと思っていたため最初に聴いた『New York Sonic Ballet』の一曲目『Killing Time』でがっつり掴まれてしまった。

実際、私もジャズというと小さなジャズバーでちょっとした演奏を聴くくらいなのでこういうテイストの曲が来るということはとても想定外だった。

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール/ Killing Time
https://youtu.be/dNBdN8UE3sc

主旋律を奏でるサックスに打楽器が入り弦楽が入り…(ここで音楽をきちんと批評する言語が欲しいところだが・笑)とてもクールでいいじゃないかと思ったのだ。

 『スペインの宇宙食』・『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』は初版がそれぞれ2003年9月、2004年7月ととても古い本なのだが、菊池さんの人となりを知るには十分な役割を果たすことができるように思う。
音楽ができて文章も面白いなんて、一体どういうことだ(こちらは一芸も持っていないぞ…)と思うが、すごくワーカホリックな菊池さんが周囲の人々と関わり合いながらハードなスケジュールを面白おかしくこなしていく姿が描かれている、その姿がすごく面白い。

私は作中にでてくる「マイカちゃんへの手紙」など菊池さんの子どもに対する視線がとても好きなのだが、語りだしたら長いのでやめよう。

 その菊池さんが2022年9月に「ラディカルな意思のスタイルズ」という「人生最後?」のバンドを立ち上げるという。チケットはまだ抽選受付期間中で行ける保証はないのだが、この面白い人の行く末を見守ってみたい。そんな気持ちがある。

恋愛の話

 ことばの学校基礎科の第3課題の題材に雅歌を使ったところからもどんな話を書くのが好きな人間か想像できてしまったかもしれないが、恋愛の話を書くのが好きだ。

身近にいる人の恋愛の話をフィクションとして膨らませてその恋はうまくいかなかったけどハッピーエンドにしてみました、というものを書いたり、ときに自分の身を削って8割事実な話をあくまで創作として書いたりしている。

 自分自身容姿に恵まれずあまりきちんとした恋愛をしてきたわけではないのだが、どうも恋愛向きにパラメーターが振られていないのに恋多き人生ではあるらしい。片思いのエッセイを書けと言われたらいくらでも書ける。

自分を題材にしてしまうと話をきれいにしすぎてしまうきらいがあるのであまりやりたくはないのだが、書かないと自分に不利な状況が起こるとなると私は書いてしまうと思う。

DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』白組

DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』白組
@アトリエ春風舎
作:岸田國士
構成・演出:谷賢一

『動員挿話』『戦争指導者』『かへらじと』の三本立て

『動員挿話』戯曲初出:1927年
 将校の軍馬を世話するという名目で一人の馬丁が戦争に召集されようとしており、それを止めようとする妻と馬丁の掛け合い。妻は「この人と二度と離れたくない」夫である馬丁は「妻のことは心配だが世間体に負けて戦争に行くことに決めてしまう」。男性と女性のすれ違いがとても切ない戯曲。
 将校の妻と馬丁の妻の立場の差による行動原理の違いも面白いのだが、馬丁の妻を演じる女優さんの迫真の演技がそれをさらに引き立たせる。

『戦争指導者』戯曲初出:1943年
 ルーズベルトとトルーマンが演じる短いコント。
1分ほどの短い戯曲だが、ぱっと場が明るくなる。

『かへらじと』戯曲初出:1943年
 幼い頃に親友の眼を失明させてしまったいち兵隊、志木の戦死までの経緯を描く作品。『動員挿話』と相対して、とても静かにゆっくりと志木が戦地に赴くまでの苦悩や葛藤が、情感にあふれる演出をされているのが美しい。
親友が失明のために徴兵検査に落ちたことを自分の落ち度だと信じ、「2人分の働きをしなければならない」と将校の命令に背き戦地にて特攻を繰り返す志木の心情もとても苦しく響いてくる。

ー戦時には筆を折らなければ作家は戦争賛美のために動員されてしまうというツイートをどこかで読んだが、それでも岸田國士が戦時に残した戯曲のひとつひとつがとても美しいと思わされる公演であった。

ことばの学校第一期修了展について

7/17, 18に三鷹のSCOOLで行われることばの学校第一期修了展に出展するものを紹介します。

(1)ことばの学校演習科修了制作「レビュー集」

 ​最終講師九龍ジョーさん回の最終課題で、ある意味私がことばの学校で学んだことを詰め込んだものの集大成のつもりです。

 内容は過去に観た演劇のレビューを新たに書き下ろしたもので

①スペースノットブランク『共有するビヘイビア』@早稲田どらま館(2019年1月)

②うさぎストライプと親父ブルースブラザーズ『バージン・ブルース』@こまばアゴラ劇場(2017年5月)

③東京タンバリン『ただいま おかえり』@下北沢小劇場B1(2017年6〜7月)

以上3本を収録しております。

(※このブログに文章のみは掲載済み)

 ちなみに私がストレスなくこの手の文章を書ける文字数が1200字のため、レビューは1本800字以内というハードルを設けてちょっと普段あまり書かない短いレビューにチャレンジしています。

 また、目線というか想定媒体というのか分からないけれど、バリバリの演劇批評家が劇団に頼まれて書くような「記録に残る」レビューではなく、いち観客としての目線を重要視して書こうとしてできたものになります。

これは九龍先生と話し合った結果。

(2)基礎科から演習科までに提出してきた課題をA4用紙に打ち出し製本した作品集

 ことばの学校でどんな課題が出たか、それに対して私がどう応答したか、自分の中で公開をとても許せない作品以外はすべて出します。未提出課題も今後絶対どこにも出さない作品もあり。本当にここでしか見られない作品集となっております。必見。

このほか、レビュー集のお持ち帰り版、名刺、コメントノートなどを配置する予定です。

ご来場、お待ちしております。